腰痛治療の誤った“常識”を正す

 

腰痛の症状が出て、整形外科を受診したところ、画像検査で骨や椎間板の異常が認められて、「これは手術をした方がいいですね」と医師から告げられた方もいらっしゃるかもしれません。

 

あるいは、骨や関節、椎間板に異常が見つからなくて、「特に異常はないのでしばらく安静にして様子をみてください」と言われた方も多いでしょう。

 

そう言われると、「手術するしかないのか…」と観念するか、あるいは「安静にしていればよくなる」と思ってしまいがちですが、ちょっと待ってください。

 

長年腰痛治療に携わってきた手技療法のプロとしての立場で言わせていただくと、画像検査だけですべてがわかったり、異常があるから必ず手術をしないと改善しないというわけではありません。

 

もちろん、画像検査は、骨折の有無や他の重篤な病気を確認する上で大事です。レントゲンは、骨折や骨の変形などの疾患が診断でき、特に腰椎分離症はレントゲンでしかわかりません。CTスキャンは、造影剤を入れて患部を詳細に観察でき、骨の立体的な構造や筋肉組織、神経組織の様子がわかります。

 

レントゲンやCTで異常がなく、筋肉や靭帯、軟骨に異常があると疑われる場合はMRI検査で確認します。脊髄造影検査(ミエログラフィー)は、さまざまな原因で脊柱管内の神経が圧迫されていたり、狭くなっている場合にその位置や程度を調べるために行われます。

 

このように、患部の状態、病変を確認する手段として画像検査が有用なのは確かですが、レントゲンに映った画像から痛みの原因が特定できるとは限らないし、またMRIで明らかな異常が見つかる割合はわずか20%程度とも言われていて、実際にはMRIでも異常が見つからないケースも少なくないのです。

 

まして、レントゲンにしてもMRIにしても、腰に痛みのある患者にとって検査の際に体位を変換することはかなり腰に負担がかかって辛いものなので、はたして重篤な症状として危険信号(レッドフラッグ)のない患者にまで強いる必要があるのか甚だ疑問です。

 

また、腰痛患者の中には手術をしなくても自然に治るケースや、手術をしても改善せず、かえって悪化したケースがあるのも事実です。

 

手術は身体に負担がかかるだけでなく、手術をしたとしても症状によっては再発の可能性もあるので、もし手術をしなくてもすむのなら、それに越したことはないでしょう。
しかし、かといって、ただ家でじっと安静にしているだけでもよくありません。

 

こう言うと、「アレ!? 以前どこかで聞いた話と違うけど…」と戸惑われる人もいるかもしれませんが、腰痛治療においてかつては “常識”と思われていたことでも、実は誤っていたことがたくさんあるのです。

 

ここで、そんな疑わしい“常識”を正しておきましょう。

 

まず、「画像検査は絶対に必要、万能」なのかどうかについて。

 

これに関しては、日本整形外科学会と日本腰痛学会によって、画像検査で原因が特定できない腰痛が大半を占めていることが明らかになっていることから、

「重篤な脊椎疾患の兆候がない限り、すべての患者に画像検査をする必要はない」

(『腰痛診療ガイドライン2012』)というのが新たな常識になっています。

 

日本整形外科学会は、会員数2万名を超える世界でも有数の規模の整形外科学会で、日本腰痛学会は、腰痛に関する学術的研究を通じて国民の健康増進に寄与することを目的としている学会です。

 

これら2つの学会が共同でまとめた治療・診断の指針『腰痛診療ガイドライン2012』(以下、ガイドライン)によると、

「MRIの画像診断でヘルニアがあっても腰痛のない人が76%もいた。また腰痛のない健康な人の85%に椎間板変性が発見された」

という結果が報告されています。   

 

これは腰痛研究のノーベル賞とも言われている国際腰痛学会のボルボ賞を受賞している研究です。

 

つまり、痛みのない健康な人の4人に3人がヘルニアを持っていたのです。

 

このことからも、画像検査でヘルニアが見つかったからといって、それが痛みの原因とは言えないことは明らかで、画像検査における異常所見がイコール痛みの原因とは限らないということは、専門家であればもはや周知の事実です。

 

要するに、「腰痛患者に対して画像検査を全例に行うことは必ずしも必要ではない」ということです。

 

指針の策定委員会のメンバーである福島県立医大の矢吹省司教授(整形外科)は、

「現状では約8割で画像検査をするが、痛むからといって、画像で原因がわかることは実は多くない。単に加齢で起きている骨や神経の変化を画像で患者に示して『だから状態が悪いんだ』と思い込ませるのは逆効果だ」

とも指摘しています。

 

画像検査は必要であっても万能ではない――今ではそれが正しい常識であり、画像検査が必要とされるのは主に次のようなケースと言われています。

 

がんや骨折などの外傷、または感染などの重い脊椎疾患が疑われ、「体重減少」「時間や活動性に関係のない腰痛」など明らかに危険信号のある場合や、「麻痺や痺れなどの神経症状がある場合」など。

 

そのような危険信号がない腰痛ならば、「すぐに検査をしなくてはいけない」わけではないし、「検査をすれば必ず原因が特定できる」というわけでもないのです。